大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和54年(ネ)167号 判決

控訴人 合資会社野田政

右代表者無限責任社員 野田忠雄

右訴訟代理人弁護士 中島多門

同 高橋二郎

被控訴人 野田ちづ子

〈ほか四名〉

右五名訴訟代理人弁護士 木村信雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および書証の認否は左記のほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

一  双方代理人の追加陳述

(控訴代理人)

1  野田かのと亡野田喜久男及び被控訴人らとの間の持分払戻請求権の譲渡契約は不成立であり、仮りに成立していたとしても無効である。

すなわち、本件甲第二号証譲渡契約書は、立会人が予じめ作成して書いてあったものに、合資会社の持分が何であるかも解らない文盲の母かのが、無防備、無準備に盲判を押しただけで、契約内容のごとき法律効果を発生せしめようとの主観的意思は全くなかったのであり、端的に契約は不成立であったといわなければならない。

仮りに成立していたとしても、母かのの内心的効果意思は表示上のそれと異なっており、そのことを被控訴人らや立会人も知っていたので、民法九三条但書により心裡留保の例外として右契約は無効である。

以上のことは、かのの手記である乙第二号証の一、二をみれば明らかである。単に甲第二号証にかのの署名、押印があるというだけで真正な合意の成立を認定することはできない。

2  原判決は本件持分の評価をなすにあたり、控訴会社所有の土地、建物を時価で評価しているが、これは甚だしい誤りである。

すなわち持分計算の基礎となった控訴会社の昭和五一年三月末の貸借対照表(甲第四号証)によると、外部負債及び被控訴人らの持分払戻しに応じるためには前記土地、建物を売却するほかないが、売却代金を被控訴人ら主張の鑑定による時価と同額と仮定しても、これには法人税が課税されるので、以上の外部負債、被控訴人らの持分払戻し、法人税を控除した控訴会社の純資産は僅か三三九万二、〇〇〇円を残すのみとなる。控訴会社の出資金の総額は四五万円で、そのうち被控訴人らの出資部分が一七万六、〇〇〇円であり、これに対する払戻金の総額が四四九一万円余であるから、その倍率は二五五倍であるところ、控訴会社の一部の者で九万九、〇〇〇円の出資者から退社による持分払戻し請求の動きがある。これを同様の倍率で払戻額を計算すると二、五二四万五、〇〇〇円となり、支払資金は全くない。結果は早い者勝ちとなり、早く退社した者は払戻しを受けうるのに、他の退社の遅れた者に対しては支払いができないことになる。原判決は持分の払戻しにより法人税を納付する義務が発生するものではないから、法人税を控除する必要はないというが、なるほど土地、建物を売却せず支払いができる場合にはそれでよいが、控訴会社のごとく全く支払資金のない場合は法人税を支払わざるをえず、またその支払分を控除せざるをえないのである。

かくして解散をせず、早い者勝とならず、営業の存続を前提とした持分の評価は如何にあるべきかが問題となる。控訴会社のごとく取引市場に上場されず持分の流通性のない中小の同族会社の有限責任社員の持分の評価については、そのような会社の買収や合併の際、企業のもつ収益価値要因や資産価値が重視されていること、商法二〇四条の三、二四五条の二の株価決定に直近の簿価による純資産価額が基準とされていること、土地の含み益は株価にそのまま反映されることはなく、また中小会社において持分の評価に土地の含み益は無視すべきであるといわれていること、控訴会社に参照すべき証券取引所において成立している最も流通性の少ない店頭売買株式の株価はほぼ当該会社の純資産額(資本金と諸積立金の合計)を発行済株式数で除した価額すなわち一株あたり純資産額に等しいこと(ことに最後の点)などを綜合勘案すると、結局純資産評価基準によるのが最も公平であるというべきである。そうすると前記甲第四号証による控訴会社の出資金と積立金の合計すなわち純資産は八九四万〇、二〇八円であるので、出資総額四五万円と対比して、出資金千円当り純資産額は一万九、八六七円となり、被控訴人らの出資持分合計一七万六、一八〇円について、その払戻金額は三六三万六、〇〇〇円と算出されるところ、前述のとおりかのの持分譲渡は無効であるから、これ(出資持分九万九七〇〇円)を除外し、被控訴人らが亡野田喜久男から相続取得した出資持分七万六、四八〇円のみについて同様の計算をするとその払戻金額は一五一万九、四二八円となるのであって、これが被控訴人らが全員で取得すべき払戻金額というべきである。

(被控訴代理人)

1 野田かのの持分払戻請求権の譲渡は有効である。すなわちかのは、昭和五〇年八月一八日被控訴人ら代理人弁護士木村信雄立会いのもとに同人の事務所で、同人及び立会人早川信子並びに亡野田喜久男の充分な説明で理解、納得して、同女の控訴会社からの退社を条件とする持分払戻請求権を喜久男及び被控訴人らに平等な割合により譲渡する旨の譲渡契約書(甲第二号証)並びに委任状(甲第一六号証)に署名、押印したのである。かのはそれより前の同年七月五日、甲第一五号証の契約書を全文本人自身の手筆により作成してこれに署名し、実印を押捺しているが、その趣旨は持分権の譲渡であり、右譲渡契約と同一である。法律的には甲第二号証は右誓約書による意思を確認し、より正確に表現したものであって、以上を要するにかのの昭和五〇年八月一八日の持分払戻請求権譲渡の意思表示には何らの瑕疵もないのである。

2 原判決の持分の評価には何の誤りもない。退社による持分の払戻しは一部清算の性質を有し、そのための財産目録及び貸借対照表は財産の現在高を明らかにするための非常財産目録、非常貸借対照表の性質を有するものである。従って原審が不動産を時価で評価したのは正当である。最高裁判所昭和四四年一二月一一日判決は中小企業協同組合法に基づく協同組合の脱退組合員に対する持分払戻の基礎となる財産評価の方法に関して事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額とし、脱退時における土地の時価評価を正当と認めているが、このことは合名会社及び合資会社における退社した社員の払戻持分算定の基礎となる財産評価にも妥当するところであって、原判決の財産評価はまことに相当である。

二 証拠関係《省略》

理由

当審において取調べた新証拠を加えてなした当裁判所の判断によっても、被控訴人らの請求は正当としてこれを認容すべきものと考える。その理由は、左のとおり補正するほか原判決の理由説示と同一であるからこれをここに引用する。

一  (訂正)

原判決五枚目裏末行の「原告ちづ子」の前に「原審及び当審における」を加え、同六枚目表三行目の「被告代表者」の前に、「原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証の一、二、当審証人野田千代子の証言、原審(第一回)及び当審における」を加え、同「(第一回)」を削除する。

二  控訴人は甲第二号証は野田かのがその趣旨もわからず盲判を押しただけで記載内容にそう契約をする意思はなく、そのことを被控訴人らは知っていたのであるから右契約は不成立ないし無効であると主張し、《証拠省略》は右主張にそうものであるが、これらの証拠資料は《証拠省略》と対比して措信しがたいものであり、他に請求原因4の(1)の事実の認定を覆すに足りる証拠の存しないことは前説示(原判決理由第二引用)のとおりであるから、控訴人の右主張は採用できない。

三  控訴人は被控訴人らの払戻持分計算の基礎となる控訴会社所有不動産の評価を時価によったのは誤りであるといい、まず右払戻しに応ずるためには資金のない控訴会社としては右不動産を売却処分する以外に方法がないから、その場合に課税される法人税を控除すべきであると主張するが、合資会社の有限責任社員が退社する際その持分払戻しのために当該会社の不動産を処分することが法律上要請されているわけではないから、一般的に持分払戻のために法人税納付義務が発生するものとはいえず、たまたま控訴会社特有の事情によってその必要が生じる場合があるとしても、そのために右法人税を控除すべきものとすることはできない筋合いで、控訴人の右主張は採用しがたい。

次に控訴人はその主張するような種々の根拠から、控訴会社のような中小の同族会社たる合資会社の社員の払戻持分は当該会社の帳簿上の純資産額に準拠して計算するのが正当であると主張するのであるが、その前提は当該会社の不動産の評価はこれを帳簿価格によるべきであるとの趣旨にほかならないと解される(ちなみに不動産以外の控訴会社の財産の価額が甲第四号証記載の帳簿価格と同一であることは当事者間に争いがない)。しかしながら右の持分計算の基礎となる会社財産の価額の評価は、所論のように会社の損益計算の目的で作成されるいわゆる帳簿価額によるべきものではなく、会社としての事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額を標準とすべきものと解すべきであり(最判昭和四四年一二月一一日集二三巻一二号二四四七頁参照)時価以下の過少評価を許すべきでないと考えられるので、右控訴人の所論はいまだ独自のものとして当裁判所の採用しないところである。

よって原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 加藤義則 上本公康)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例